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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)2162号 判決 1969年5月02日

主文

原判決を破棄する。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人藤井弘の上告趣意は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、職権をもって調査すると、原判決には、以下説明する理由により、判決に影響を及ぼすべき法令違反があって、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。

原判決が是認した第一審判決は、

一、本件交差点が、東西に通ずる幅員四・二メートルぐらいの舗装道路(以下A道路という。)と、南北に通ずる幅員三・三メートルぐらいの非舗装道路(以下B道路という。)が交差する、変形十字路の、交通整理の行なわれていない、見とおしのきかない交差点であること、

二、このような交差点へ進出する車両の運転者は、他方向から進出する車両との出合頭の衝突を避けるため、一時停止または徐行して前方左右の安全を確認し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があること、

三、しかるに、被告人は、軽三輪自動車を運転して、A道路から交差点へ西進するに際し、右の注意義務を怠り、左方に対する注視警戒を欠き、かつ徐行しないで二〇キロメートルぐらいの時速をもって進行した過失があること、

四、そのため、B道路から本件交差点に北進してきた荒井文子運転のスクーターに接触して転倒せしめ、同人に加療五か月ぐらいを要する傷害を負わせたこと、

等の事項を認定判示し、被告人を業務上過失傷害の罪で罰金二万円に処した。

しかしながら、右のような交差点であっても、その車両の進行している道路が道路交通法三六条により優先道路の指定を受けているとき、またはその幅員が明らかに広いため、同条により優先通行権の認められているときには、直ちに停止することができるような速度(同法二条二〇号)にまで減速する義務があると解しがたいことは、当裁判所の判例とするところである(昭和四二年(あ)第二一一号同四三年七月一六日第三小法廷判決、同四二年(あ)第二八八五号同四三年一一月一五日第二小法廷判決各参照)。

これを本件についてみると、第一審判決の認定によれば、前記のように、被告人の進行していたA道路は、幅員四・二メートルぐらいの舗装道路であり、これと交差するB道路は、幅員三・三メートルぐらいの非舗装道路であったというのである。また、第一審判決は、被害者の過失について、「一方被害者もまた同様徐行して安全を確認し、かつ狭い通路から見とおしのきかない広い道路と交さする本件交さ点に進出するに際し、広い道路から同交さ点に入ろうとする車両の進行を妨げることのないような速度と方法を以て進出しそれぞれ車両の運転者に課せられた業務上の注意義務を遵守して運転したならば、本件事故は容易にさけられたものと認められるのでこれを怠った被害者の責任は重大である」とし、暗に被害者が道路交通法三六条二項三項の義務に違反したかのような判示をしているのである。してみれば、本件の交差点は、被告人の進路のほうが明らかに広いと認められることにより、同法四二条の徐行義務が免除される場合にあたる可能性があるものといわなければならない。

しかるに、この関係の事実を確定することなく、交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないものにおいては、いかなる場合にも一時停止または徐行義務があるとの見解のもとに本件過失を認定した第一審判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、これをたやすく是認した原判決には審理不尽の違法があるものといわなければならない。そして、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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